« STRAND NY名物の古本屋さん | トップページ | グラント将軍の墓&さくらパーク »

2009年5月23日 (土)

杉原 千畝(すぎはら ちうね)外交官

一年くらい前、同居人が仕事から帰って来て言いました。

同居人「今日、仕事でブルックリンのユダヤ人が多く住む地域へ行ったんだ。そこで、”私の祖先は日本人のスギハラ外交官に助けられたんです。どうもありがとう”と言われて、嬉しかった」

私「その外交官って誰?」

私はそれまで、その日本人の外交官のことを聞いた事がありませんでした。同居人の話によると、ナチスドイツの時代にホロコーストによって迫害されたユダヤ人に、日本行きのビザを発行して亡命させ、多くの命を救った人がいるそうです。同居人は、その人に影響を受けて、外交官を本気で目指していた時期もあったとか。

Sugihara_storyそして先日。私がいつものように図書館で児童書を探していると、ある日本人についての絵本を発見

CDも付いているから英語の勉強にも丁度いいかな。と思って何気なく借りてきました。

自宅に帰ると、同居人が「あれ?杉原さんの絵本だね」というので、そこで杉原外交官とつながりました

ストーリーの中で、彼はリトアニアで赴任中、日本政府の命令に反して、ユダヤ人に無制限にビザを発行する事を決意。家族に相談し協力を得ます。そして、誰にも迷惑がかからないよう、自分だけが一人一人のビザにサインをする行為に出ます。朝から晩まで一ヶ月ほどサインをしつづけ、最後は体力との戦いそして、ドイツへの移動命令が出ても出発する列車の中まで、サインをしつづけたというくだりで話は終わります

本の裏表紙には息子さんの後書きがあります

このお話の杉原外交官は日本への帰国後、日本政府に逆らったために、彼は外務省から依願退職を要求され退職(実際は、外務省の見解とずれがあるそうですが)。その後、商社など職を点々として働きます。

1985年イスラエル政府に招待され、アジア人として唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム(Yad Vashem)賞」を授与されます。

彼の死後。1992年に出身地である岐阜県八百津町にモニュメントが建てられます。

本の最後は素敵な言葉で締めくくられます。

It is a story that proves that one person can make a difference.(たった一人の人間でも世界を変えることができる。それを確信させてくれる話です)

このビザ発給により、6,000人ものユダヤ人の亡命を助け、命が救われたと言われています。日本ではそんなに知られていなくても、勇気ある人道的行為を行ったとして外国で高く評価されている日本人っているんだなと思いました。

1990年代以降(彼の死後)、日本政府も彼を評価するようになっています。またテレビドラマになったり、映画やミュージカルになったりと日本でも多くの作品が公開されているそうです。

 

|

« STRAND NY名物の古本屋さん | トップページ | グラント将軍の墓&さくらパーク »

英語の本」カテゴリの記事

コメント

なんだか久しぶりに投稿するなあ。
実は、私が東京に住んでいた頃、最寄駅の近くに杉原千畝記念財団の事務所があったよ。もちろん足を踏み入れたことはなかったけれど、遺志を受け継いでいる方々がいるんだなあと思いながら看板を見上げていました。
是非こういう史実は語り継いでいかないといけないよね!

投稿: ず~ | 2009年5月27日 (水) 03時11分

ず~さん!
お久しぶり~。
忙しそうだけれど、元気でやってるかな?
日本はもう蒸し暑そうだよね。
東京には、杉原記念財団の事務所があるんだね。それを聞いて嬉しいです。映画も見てみたいな。


投稿: だらだら日記 | 2009年5月31日 (日) 13時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« STRAND NY名物の古本屋さん | トップページ | グラント将軍の墓&さくらパーク »